はじめに
「睡眠は質より量」という趣旨の発言をしたと報じられた海外プロスポーツ選手や、対局前後は1日10時間ほど眠ると語ったと報じられた将棋のトップ棋士など、第一線で活躍する著名人が睡眠を重視しているというニュースが、近年たびたび話題になっています。
一方で、多くの働く世代にとって「10時間睡眠」は非現実的に感じられるかもしれません。しかし実際には、私たちが思っている以上に「睡眠不足」が体に与える影響は大きく、しかもその多くは自覚しにくいという特徴があります。今回は、国内外の公的データや大学の研究知見をもとに、睡眠不足が体に与える医学的な影響を整理します。
なお、本コラムで言及した著名人に関する情報は、新聞・雑誌・ニュースサイト等で既に公表・報道された内容を、一般的な話題として紹介したものです。当該人物が本コラムまたは当院を推奨・監修している、あるいは当院と提携・後援関係にあることを示すものではないこと、予めご了承願います。

日本人はどれだけ眠れていないのか
OECD(経済協力開発機構)が公表した国際比較データ(Gender Data Portal, 2021年版)によると、日本人の平均睡眠時間は7時間22分で、調査対象国の中で最も短いという結果が示されています。加盟国全体の平均は8時間24分とされており、日本人の睡眠時間は国際的に見て際立って短い水準にあります。
厚生労働省が実施した国民健康・栄養調査でも、1日の平均睡眠時間が6時間未満の人の割合は男性37.5%、女性40.6%にのぼるとされ、働く世代を中心に「短時間睡眠」が常態化している実態がうかがえます。
筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)の柳沢正史機構長は、睡眠時間の長さには個人差があるとした上で、「実際に4〜5時間の睡眠で足りている人は数百人に1人程度」との見解を示しています。つまり、「自分は短時間睡眠でも平気なタイプだ」と感じている方の多くは、実は睡眠不足が慢性化しているだけの可能性がある、ということになります。

睡眠不足が体に与える「意外な」影響
厚生労働省が2023年に策定した「健康づくりのための睡眠ガイド2023」では、成人の適正な睡眠時間の目安をおよそ6〜8時間としています。そして、これを下回る短時間睡眠が続くことで、以下のようなリスクが高まると報告されています。
- 心血管疾患リスクの上昇:睡眠時間が6時間未満になると、心筋梗塞・狭心症などの心血管疾患の発症リスクが有意に高まるとされています。
- 代謝機能への影響:5時間未満の短時間睡眠は、肥満やメタボリックシンドロームの発症リスク要因になり得るとされています。
- その他の関連:短時間睡眠は、高血圧、糖尿病、脳血管疾患、認知機能の低下、うつ病などとの関連も指摘されています。
「睡眠不足=日中眠い」というイメージを持たれがちですが、実際には血管や代謝、精神面など、自覚症状の乏しい部分に静かに負荷がかかっているというのが、睡眠不足の”意外な”怖さです。
さらに同ガイドでは、「寝だめ」では睡眠不足を根本的に解消できないことや、慢性的な睡眠不足が寿命に関わるリスクを高める可能性についても言及されています。休日にまとめて長く眠る習慣がある方も、注意が必要です。
「たかが寝不足」では済まされない社会的コスト
睡眠不足の影響は個人の健康にとどまりません。国際的なシンクタンクRAND Europeの試算(2016年発表)は、日本における睡眠不足による経済損失を年間およそ15兆円と推計したと報じられています。 これは仕事中の集中力低下や生産性の減少(プレゼンティーイズム)を含めた試算とされ、睡眠不足が 個人の問題であると同時に、社会全体の課題であることを示すデータといえます。
石川医師からのコメント